私もかつて
いい人 と 言われることで、
自分を支えていたことがありました ✨
いい人でいたいとき
いい人するのが気持ちよかったり、そんな自分が自慢だったりするのだけど、
たまに、ちょっと損してるかな、
とか
あの人優しいから 怒らないから、
とか
ちょっと舐められてるかもしれないと、悔しい時、
正直 私には、ありました 💦
すっごくよく気がつく
それが自分の長所であり、めんどくさいところであったりもする。
🌴 🌴 🌴
今も
私は、「いい人」が悪いとは全く思いません。
むしろ、
気がつく人、
相手を思いやれる人、
先回りして動ける人、
そういう人のおかげで、世の中は円滑に回っている部分がたくさんあります。
ただ、
「いい人」と「自分を犠牲にする人」は違う
と思います。
例えば、
誰かが困っている。
だから手を貸す。
これは優しさです。
でも、
本当は疲れている。
本当は嫌だと思っている。
本当は断りたい。
それなのに、
「いい人だと思われたい」
「嫌われたくない」
「私がやらなければ」
で引き受け続ける。
これは少し違います。
50代、60代の女性を見ていると、
長年、
-
良い娘
-
良い妻
-
良い母
-
良い嫁
を頑張ってきた人が本当に多いです。
だから、
「いい人ですね」
と言われることが、
いつの間にかアイデンティティになっている。
でも時々、
心の奥から声が聞こえてきます。
「なんで私ばっかり?」
「少しくらい気づいてよ」
「たまには私を優先してよ」
って。
そして厄介なのは、
本当に優しい人ほど、
その不満すら口にできないことです。
言った瞬間、
“いい人”ではなくなる気がするから。
また、
気がつく人には別の悩みがあります。
見えなくてもいいものまで見えてしまう。
気づかなくてもいいことまで気づいてしまう。
だから、
周りが気づいていないことにまで反応してしまう。
結果、
自分だけ仕事が増える。
自分だけ疲れる。
自分だけ我慢する。
そして時々、
「あの人は優しいから」
ではなく、
「あの人ならやってくれるから」
になってしまう。
これは少し悲しいことです。
🍓 🍊 🍏 🍌 🍎
本当の優しさは、
何でも引き受けることではないと思います。
時には、
「今日は無理です」
と言うことも優しさ。
「それは自分でやってください」
と言うことも優しさ。
「私はそう思いません」
と言うことも優しさ。
優しい人が学ぶべきことは、
もっと優しくなることではなく、
境界線を引くこと
なのかもしれません。
私は、
本当に素敵な人というのは、
「いい人」
ではなく、
「自分も相手も大切にできる人」
だと思います。
相手を大切にしながら、
自分も大切にする。
そのバランスを覚えた時、
「いい人で疲れる人生」から、
「自然体で愛される人生」
に変わっていくのではないでしょうか。
「すっごく よく気がつく」
それは欠点ではなく才能です。
ただ、その才能を周りのためだけに使うのではなく、
自分自身の心の声にも同じくらい気づいてあげること。
それが、後半の人生では大切なのかもしれません。













