「普通に就職して、普通に結婚して、普通に家庭を持って……」
私たちは、何気なく
「普通」という言葉を使います。
「普通は、このくらいの年齢なら……」
「みんな普通にできているのに……」
「どうして私は、普通にできないんだろう……」
そんなふうに、知らないうちに「普通」を基準にして、自分を見ていることはありませんか?
でも、考えてみると不思議です。
その「普通」って、いったい誰が決めたのでしょう?
🪐「そもそも、普通って何?」
そうなんです。
**「普通って、そもそも何?」**と考えると、「多数派」「平均」「常識」「当たり前」などが混ざって使われています。
たとえば、
「普通は結婚するよね」
「普通、この年齢なら働いているよね」
「普通なら、そんなことしないよ」
と言う時の「普通」は、統計的な平均を言っているわけではありません。多くの場合、
「私の周りでは、そういう人が多い」
「私は、そうするものだと教えられてきた」
「世間では、それが当たり前だと思われている」
という意味に近いんですね。
だから、「普通」は思っているほど客観的な基準ではありません。
たとえば、50年前の「普通」と今の「普通」は違います。日本の「普通」と外国の「普通」も違います。都会と田舎でも、家庭によっても、世代によっても違います。
もっと身近に言えば、同じ兄弟姉妹でさえ、
「うちではこれが普通だった」
と思っていることが違うことがあります。
つまり、
「普通」とは、絶対的に存在する一本の線ではなく、その時代、その社会、その環境の中で、多くの人が共有していると思っている基準
くらいに考えた方が近いと思います。
そして、
🪐「普通」そのものが悪いわけではない
「普通」という基準があるから、社会生活がスムーズになることもあります。
問題なのは、
「普通=正しい」
「普通から外れる=間違っている」
になってしまうことです。
「みんな普通に働いているのに、私は……」
「同級生は結婚して家庭を持っているのに、私は……」
「この年齢なら、普通もっとしっかりしているはずなのに……」
こうなった瞬間、「普通」は単なる目安ではなく、自分を採点する物差しになります。
🪐「普通」は、時代によっても変わります
ひと昔前なら、
学校を卒業したら就職する。
ある程度の年齢になったら結婚する。
結婚したら子どもを持つ。
一つの会社に長く勤める。
そんな生き方が「普通」と考えられていた時代もありました。
でも今は、ずいぶん変わりました。
結婚する人も、しない人もいる。
子どもを持つ人も、持たない人もいる。
会社員として働く人もいれば、自分で仕事をする人、いくつもの仕事を組み合わせる人もいる。
人生の途中で、それまでとはまったく違う道を選ぶ人もいます。
そう考えると、
「普通」とは、絶対的なものではないのですよね。
時代や環境、育った家庭、周囲にいた人たちによって、知らないうちにつくられてきた「基準」なのかもしれません。
🪐 それでも私たちは、「普通」から外れるのが怖い
頭では、
「人それぞれでいい」
と分かっていても、
友人が結婚した。
同級生が出世した。
知り合いが家を買った。
SNSでは、みんな楽しそうに見える。
そんな時、
「それに比べて私は……」
と、急に自分の人生が遅れているように感じることがあります。
でも、それは本当に「遅れている」のでしょうか?
人生には、本来、全員に共通する時間割なんてありません。
学校のように、
「30歳までにここ」
「40歳ならここ」
「50歳になったらここ」
と、進級していかなければならないわけではないのです。
🪐「普通にできない自分」ではなく、「私はどう生きたい?」
もし今、
「みんなはできているのに、私はできていない」
と思っていることがあるなら、一度、
「私は、本当にそれを望んでいるのかな?」
と、自分に聞いてみてください。
「普通に就職しなくちゃ」
ではなく、
私は、どんな働き方をしたい?
「結婚していないといけない」
ではなく、
私は、どんな人間関係の中で暮らしたい?
「この年齢なら、もっとしっかりしていなくちゃ」
ではなく、
これから、どんな自分になっていきたい?
問いを変えるだけで、見える景色も少し変わってきます。
🪐 あなたには、あなたの人生の流れがあります
人と違うことは、失敗ではありません。
立ち止まっているように見える時間にも、意味があることがあります。
遠回りしたからこそ分かることもあります。
そして、これまで「うまくいかなかった」と思っていた経験が、ずっと後になって、
「あの経験があったから、今の私がいる」
と思えることだってあります。
大切なのは、
「普通の人生」を生きることではなく、
「自分の人生」を生きること。
周りと同じである必要はありません。
もし今、
「私は普通にできていない」
「みんなより遅れている」
と思っているなら、
今日から少しだけ、問いを変えてみませんか?
「普通なら、どうする?」ではなく、
「私は、本当はどうしたい?」
その問いの中に、
あなた自身の人生を取り戻していく、小さな入口があるのかもしれません。
そして時には、私たちは自分でも気づかないうちに、
「こうあるべき」
「こうしなければならない」
という思い込みを、たくさん抱えて生きています。
☆ 次の記事では、「あなたを苦しくしている、こうあるべき」についてお話しています.








